この皮膚悪性腫瘍診療ガイドラインについて

 この皮膚悪性腫瘍診療ガイドラインの作成は、日本皮膚科学会の承認のもとに、日本癌治療学会がん診療ガイドライン委員会の活動と連携して進められたものである。ここに本ガイドラインの目的と対象、作成方法、構成および利用の仕方などについて記述する。

1.本ガイドラインの目的と対象
 医師は、常に最新、最良の医療情報を十分に入手、把握したうえで、個々の患者に最適な診療を行わなければならない。その際に、Evidence-based Medicine(EBM)の手法は必須のものである。また近年、診療方針の決定において「患者に対する十分な説明と同意(Informed Consent)」を欠かすことができなくなった。そのためには、EBMに基づく最新の診療情報を医師と患者が共有することが必要となる。しかし、1人の医師が、担当する大勢の患者に関する様々な診療事項すべてについて、EBMの手法で情報を収集し、評価することは、実際上はなかなか困難である。ここでもし、最新の文献、情報に基づいて作成された信頼できる診療ガイドラインが利用しやすい形で公開されていれば、医師はそれを参照することができ、各患者の診療方針の決定に大いに資するものと期待される。
 本ガイドラインは、上述のような医療現場の状況を認識したうえで、皮膚悪性腫瘍に関する定型的な診療上の問題を取り上げ、具体的な指針として提示することを目的とするものである。今回は、多種類存在する皮膚悪性腫瘍の中から、頻度と悪性度から代表的と考えられるメラノーマ(悪性黒色腫)、有棘細胞癌、基底細胞癌、乳房外パジェット病の4がん種を取り上げた。これら4がん種について診療上想定される定型的問題をなるべく多数取り上げ、Clinical Question(CQ)として具体的に提示した。各分野の16名の専門家で構成される委員会を発足させ(別表1)、各CQについて複数の委員がEMBの手法に則って、国内外の最新の文献、情報を広く渉猟し、適切に評価することによってガイドラインを作成した。本ガイドラインが、日本における皮膚悪性腫瘍の診療レベルの向上に寄与することを願っている。

2.ガイドライン作成の基本方針と構成
 委員会では、まず診療上の問題となりうる定型的事項を質問形式でClinical Question(CQ)として多数列挙し、そのリストを委員全員で検討し、最終的に取捨選択した。検討事項として採択されたCQの数は、メラノーマが24問、有棘細胞癌が11問、基底細胞癌が19問、乳房外パジェット病が15問となった(別表2)。これらの各CQについて、2006(平成18)年8月までの時点で入手可能な国内外の文献、資料を網羅的に収集した。文献検索はMEDLINEと医学中央雑誌からの検索によったが、各自ハンドリサーチのものも加えた。ただし、英国Cochrane Skin Groupが中心となって編集、刊行した”Evidence-based Dermatology”のSkin Cancerの項をはじめとし、本稿末尾に列挙した二次資料や欧米諸国のガイドラインも大いに活用した。収集した文献については原則としてすべて構造化抄録を作成し、別表2Aに示す「エビデンスレベルの分類基準」に従ってレベルIからVIまでの6段階に分類した。
 次に、各CQにつき、上記のごとくレベル分類した文献を主体とし、二次資料や欧米のガイドラインも十分に参照し、また本邦における疾患動態の特殊性や診療実態も考慮したうえで、CQに対する推奨文を作成した。そして、原則として表2Bの基準によって各推奨文の推奨度をAからDまでに分類、決定した。ただし、最終的な推奨文と推奨度は、実際の委員会を開催し、委員全員が討議して、確定した。委員の意見が分かれた事項については採決によって決定した。また、十分な文献的根拠がえられない事項については、委員会のコンセンサスによって推奨文、推奨度を決定した。各推奨文の後には「解説」の欄を設け、根拠となる文献の要約や説明を記載し、該当事項に関する理解を深められるようにした。解説で取り上げた文献のリストも付記した。インターンネットのウェブ上では、各文献の構造化抄録を参照できるようになっている。
 上述のような作業とともに、委員会では4腫瘍の診療ガイドラインをアルゴリズムの形式で提示する作業を進めた。発生予防から診断手順、病期判定、治療法の選択、そして経過観察までを、一貫したアルゴリズムとしてまとめ、上述のすべてのCQをこのアルゴリズムの上に位置づけた。
 本ガイドラインの作成にあたっては、誤謬のないように最大限の注意を払ったつもりである。しかし、思わぬ不備があるかもしれない。ガイドラインの使用中に誤記や問題点などに気づかれたら、当委員会までお知らせ下さるようお願いしたい。本ガイドラインの使用にあたって留意してほしいことは、ガイドラインというものは本来。個々の状況に応じて柔軟に使いこなすべきものであって、医師の裁量権を規制するものではないということである。本ガイドラインを医事紛争や医療訴訟の資料として用いることは、本来の目的から逸脱するものである。なお、この方面の臨床研究の進歩は早いので、不備な点の修正も含め、今後2、3年毎に改訂作業を行っていく予定である。また今後、皮膚リンパ腫など、他の皮膚悪性腫瘍の診療ガイドラインについても作成が予定されている。

3.本ガイドラインの公開と利用法
 本ガイドラインは、広く診療の現場で用いることができるように、日本皮膚科学会のホームページに掲載する。また、日本癌治療学会のホームページにも各CQの解説と文献数をコンパクトにした簡易版を掲載する。さらに、金原出版から冊子体としても刊行する。
 このガイドラインの主たる対象者としては、皮膚悪性腫瘍の診療に当たる皮膚科医を想定している。しかし、本ガイドラインは他科の医師にとっても皮膚悪性腫瘍診療の現状を把握するうえで、大いに役立つものと思われる。また、本ガイドラインの記載は専門的な内容となってはいるが、患者・家族の方々にとっても参考になるところがあると確信している。
 本診療ガイドラインの実際の利用法については、二つのやり方が考えられる。一つは、各腫瘍のCQ一覧表から該当事項を検索する方法であり、もう一つは、診療アルゴリズムから該当すると考えられるCQ番号を知り、そのCQの内容を確認する方法である。なお、CQ一覧表と診療アルゴリズムのいずれにおいても、配置の順序は原則として、予防、診断から始まり、検査、病期判定、治療法へ進み、その後に予後、経過観察を取り扱うようになっている。


参照資料

参考文献と二次資料

  1. Evidence-based Dermatology. Williams W, et al (eds), BMJ Books, London, 2003
  2. The Cochrane Library:http://www.thecochranelibrary.org
  3. BMJ Clinical Evidence:http://www.clinicalevidence.org
  4. UpToDate:http://www.uptodate.com

欧米の主要ガイドライン

  1. The National Comprehensive Cancer Network(NCCN):http://www.nccn.org
  2. National Cancer Institute Physician Data Query:http://www.cancer.gov/cancer_information/pdq/
  3. オーストラリア政府のガイドライン:http://www.nhmrc.gov.au/publications/subjects/cancer.htm
  4. Scottish Intercollegiate Guidelines Network (SIGN):http://www.sign.ac.uk/