はじめに

皮膚悪性腫瘍診療ガイドライン
作成委員会委員長
斎田 俊明

 皮膚悪性腫瘍の発生頻度には著しい人種差がみられ、欧米白人にはきわめて高頻度に生じるが、黒人での発生は少なく、黄色人種はその中間である。これは、皮膚のメラニン色素量の多寡による日光紫外線への防御能の差異を反映するものである。しかし近年、わが国でも各種皮膚悪性腫瘍患者の増加傾向が目立つ。高齢化社会への移行や生活様式、生活環境の変化などが患者増加の重要な要因と考えられる。

 皮膚悪性腫瘍の診療ガイドラインは、欧米において優れたものが既に複数作成、公開されている。しかし、同じ皮膚悪性腫瘍であっても人種により病型や症状に大きな差がみられることが稀でない。また、保険制度や社会の慣習の違いに起因する診療実態の相違も無視できない。今回、この皮膚悪性腫瘍診療ガイドラインを作成するのは、日本の医療事情を踏まえつつも、Evidence-based Medicine(EBM)の手法に拠って最新、最良の皮膚悪性腫瘍の診療ガイドラインを提示し、本邦における皮膚悪性腫瘍の診療レベルの向上に寄与したいと考えたからである。

 多種類の皮膚悪性腫瘍の中から、今回は悪性度と頻度から重要と考えられるメラノーマ、有棘細胞癌、基底細胞癌、乳房外パジェット病の4がん種を取り上げた。日本皮膚科学会の承認のもとに、日本癌治療学会の「がん診療ガイドライン委員会」の領域担当委員と日本皮膚悪性腫瘍学会のメンバーを中心に16名の医師が皮膚悪性腫瘍診療ガイドライン作成委員会を構成し、作業を進めた。皮膚科医のみでなく、日本放射線腫瘍学会から鹿間直人先生に加わっていただき、またEBMの専門家として日本医療機能評価機構医療情報サービス事業(MINDS)の元・編集委員である幸野健先生にもご参加いただいた。

 委員会では、予防、診断から治療法、経過観察に至るまで、一貫した診療ガイドラインの作成を目指し、最終的にはメラノーマ24問、有棘細胞癌11問、基底細胞癌19問、乳房外パジェット病15問のCQを設定した。これらの各CQについて主としてMEDLINEと医学中央雑誌によって網羅的な文献検索を行い、これに各自ハンドリサーチの文献を加えた。なお、既に欧米諸国から発表されている二次資料やガイドラインも大いに活用することとした。

 収集した多数の文献を各委員が分担して検討し、構造化抄録を作成した。その後、すべての構造化抄録は、エビデンスレベルの分類も含めて、幸野委員によってチェックされた。ガイドライン作成に当たっては、なるべくエビデンスレベルの高い文献を採用することを原則とした。しかし、日本人に関する知見は症例数が少ないものも採用し、評価対象とすることとした。これらの文献をもとに、各CQに関する推奨文を作成し、委員会で定めた基準によって推奨度を決定した。また、各推奨文にかかわる文献の要約や説明を「解説」として記述し、その末尾に文献一覧を付した。なお、以上の作業と平行して、対象4がん種につき、診断から治療、経過観察までの診療アルゴリズムを作成し、このアルゴリズムの上に、各CQを位置づけて掲示した。

 以上のようにして作成したガイドラインは、日本癌治療学会がん診療ガイドライン委員会の評価委員会と日本皮膚科学会学術委員会へ提出し、両委員会からの評価、校閲を受けて、最終的な改訂を加えた。こうして今回の公開に至ったわけである。この間、委員諸氏には多忙な日常診療の中、多大な労力を要する本ガイドラインの作成実務に携わっていただいた。ここに改めて謝意を表したい。また、ご 指導、ご支援いただいた日本癌治療学会の関係諸氏、ならびにご校閲いただいた日本皮膚科学会学術委員会の古江増隆委員長、神保孝一、山崎雙次、土田哲也、天谷雅行、田中俊宏、松永佳世子、武藤正彦、森田栄伸の各委員に深甚なる謝意を表する。さらに、最終段階で乳房外パジェット病に関して貴重なコメントを付けて下さった大原國章先生(虎の門病院皮膚科)と熊野公子先生(神戸県立成人病センター皮膚科)に深謝したい。なお、当委員会の活動資金の一部は厚生労働省科学研究費補助金(平田班)によったことを付記する。

 当然のことながら、診療ガイドラインは臨床現場における医師の裁量権を制約するものではない。本ガイドラインについても、実際の診療にあたっては、個別の状況に応じ、柔軟に適用していただきたい。本ガイドラインが、皮膚悪性腫瘍の診療にかかわる医療従事者に役立ち、その診療レベルの向上に資することを願っている。さらには、皮膚腫瘍に悩む患者・家族の皆様にも役立つことができれば幸いである。

(2006年12月)