国際活動

留学体験レポート:Agency for Science, Technology and Research - 夏秋洋平

2025年1月22日公開

シンガポール留学体験記(Agency for Science, Technology and Research Skin Research Labs/John Common Lab)

久留米大学医学部皮膚科学講座 講師 夏秋洋平

留学先と留学期間

 2019年5月~2022年4月までの3年間、日本学術振興会の海外特別研究員としてA*STAR/Skin Research LabsのJohn Common研究室に海外留学をさせていただきました。

留学までの経緯

 話は少し遡ります。私がサイエンスの世界に飛び込んだのは2011年(卒後9年目)でした。2011年からの2年間、京都大学皮膚科へ国内留学をさせていただき、宮地良樹先生、椛島健治先生のご指導の下、獲得免疫機構の一つである接触皮膚炎の発症メカニズムの解明に取り組みました。サイエンスの世界には臨床の現場で得られる充実感とはまた違う、研究でしか味わえない面白さや達成感があり、気が付けばすっかりその魅力の虜となっており、同時に海外留学に興味を持ち始めた気がします。
 久留米大学帰室後もその研究成果から派生させたテーマで研究を継続していたところ、上司の名嘉眞武國教授から留学のお話をいただき、椛島先生のご紹介でシンガポール皮膚科学研究所のJohn Common研究室への留学が決定しました。
 留学の話を頂いた時は、言語の壁や家族(妻と子供3人)の帯同についての不安が先走りましたが、2015年に参加したきさらぎ塾で天谷雅行先生をはじめ多くの先輩方から留学を後押しする言葉をいただいたことを思い出し海外留学を決意しました。


ボスのJohn先生と椛島教授と研究室のエントランスにて

留学先の環境・研究内容


中央のちょんまげが著者

 私が所属したA*STAR(シンガポール科学技術研究庁)は、傘下に多くの研究所を持つ国家機関で、世界中から研究者を招聘し、積極的に国際共同研究を行うなど、非常に高いレベルで様々な分野の研究が行われていました。また、研究所全体がオープンラボになっていたため、横断的にさまざまな機器が使用でき、実験が行いやすい環境でした。私はシニアリサーチフェローとして、自身のサブスペシャリティの一つである円形脱毛症に対する局所免疫療法の奏功メカニズムの解明をテーマに研究活動を行いました。また、ラボ内にマウス実験の経験者が少なかったことから、京都大学皮膚科で培ったマウス実験手技の指導や、他のラボメンバーの動物実験のサポート等も行いました。

 

研究室の雰囲気

 ボスのJohn先生は温厚な性格で、メンバーの自主性やアイディアを尊重しつつ、新しいコラボレーションや研究技術を積極的に導入することで実験を後押ししてくれる素晴らしいボスでした。また、John先生と私は年齢が近かったこともあり、仕事の相談だけではなく、家族の事や子供の事など、色々なことを相談させていただき本当に助けてもらいました。研究室のメンバーは、中華系シンガポール人、マレー系シンガポール人、インド人、イギリス人、スコットランド人、共同研究者はフランス人、などで構成されており、私以外に日本人はいませんでしたが、ラボメンバーは皆とても優しく、私のつたない英語を根気強く理解しようとしてくれたり、毎日食事に誘ってくれたりしたことは本当に助かりましたし、研究室に行くのが毎日とても楽しみでした。


ラボメンバーとの夕食にて

楽しかったこと

 とにかく毎日起こる全ての出来事が楽しかったです。新しい環境、同僚、研究、文化、友人、たくさんの失敗体験と、時々ご褒美のように舞い落ちてくる成功体験、そのどれもが新鮮で、何にも代えがたい素晴らしい経験でした。特に、人種の坩堝であるシンガポールの多国籍文化は非常に印象的で、言語のみならず食文化や生活習慣、仕事のスタイルや価値観が全く異なる人たちがすぐ隣で同じ時間を過ごしているのは日本人ばかりの環境で40年以上過ごしてきた自分にとって強烈なインパクトがあり、その経験を通して人としての幅が広がった気がします。それは家族にとっても同様だったようで、帰国して2年以上経った今でも、ことあるごとにシンガポールでの思い出話が話題にあがっては食卓に笑い声がこだまします。あと、現地で長女が生まれたことも最高の出来事でした。

大変だったこと

 まずは言語の問題です。前述の如くラボは多国籍軍の様相を呈しており、彼らが話すそれぞれの国の訛りの英語が全く聞き取れず、留学早々に「このままじゃまずい!」と強烈な危機感に襲われました。その状況を打破すべく、毎日彼らと一緒にランチに行ったり、時にはお酒を飲みに行っては、成立していない会話をひたすら繰り返すことで、徐々に英語耳を獲得し、3-4ヶ月後くらいには彼らが言っていることの7割くらいは理解できるようになり、約半年後頃にはこちらが言いたいことをきちんと伝えられるようになりました。英語はお箸なんかと一緒で毎日使っていれば下手なりにでもいつのまにか使えるようになるものなんだなぁと実感しました。
 そして最大の苦難は、何と言ってもCOVID-19のパンデミックに見舞われたことです。留学して約8ヶ月後の2020年1月にシンガポールで初めての感染者が出て以降、あれよあれよと行動制限が課せられていき、研究室への立ち入りが制限されると同時に患者サンプルを用いた研究が禁止されたことで、ヒトサンプルを用いた研究デザインを組んでいた私の研究プロジェクトは完全に頓挫することとなってしまいました。その後、マウスの実験系を新たに立ち上げたものの、シンガポールの国内レギュレーションの厳しさが足かせとなり遅々としてプロジェクトは進まず、結果的には満足のいく研究成果を上げることができないまま留学生活を終えることとなったことは非常に残念でした。


研究室でのソーシャルディスタンスの様子

これから海外留学を考えている先生方へ

 私も家族も不安感を抱いての留学でした。しかしいざ留学してみると、想像を超える多くの貴重な経験、素晴らしい出会いや発見がそこにはありました。楽しいことばかりではなく、苦労や失敗もたくさんあったからこそ、留学生活がより色濃く、豊かなものになりました。そしてそれを家族全員で乗り越えたという経験は、私自身にとっても家族にとってもかけがえのない財産となっています。とはいえ、帯同する家族にとっても海外生活は大きなチャレンジであり、パートナーにとっては自身のキャリア形成への影響もあるかと思います。そのような課題を抱える研究者の方はぜひNPO法人ケイロンイニシアチブ(https://www.cheiron.jp/ QRコード:HP)のような研究者家族の支援制度なども参考にされてみてください。歴史的な円安が続く中で留学自体が困難な状況かとは思いますが、若い方々にはこれからもどんどん海外へ出て、素晴らしい研究とたくさんのかけがえのない経験をしてほしいと思っています。最後に、今回の海外留学をご推薦いただいた名嘉眞武國教授、留学に当たり御高配、御助力、御支援を賜りました宮地良樹先生、椛島健治先生をはじめとした諸先輩方、研究助成いただいた日本学術振興会様、そして留学生活を支えてくれた家族に心より御礼申し上げます。


NPO法人ケイロンイニシアチブ

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